子どもの本だより 著者インタビュー

子どもの本だより 著者インタビュー

2017年01月10日

1・2月号 松井るり子さんのまき

 

今回は、絵本『まどべにならんだ五つのおもちゃ』の翻訳者の松井るり子さんにお話を(うかが)いました。

Q どんな子ども時代でしたか?

A 同じ敷地内に、祖父母、伯父の家族、叔母の家族、私の家族の四世帯が暮らしていました。私は四姉妹の長女で、従弟が三人いましたので、大人八人、子ども七人。今思うと大家族ですね。ビワやグミ、ザクロなどの果物の木がたくさんある庭で、好きなだけ採って食べたりして、いつもみんなで遊んでいました。庭にいると、全然日が暮れなくてね、ああ、暇だなあと思っていました。

 私の育った岐阜には、「猫を追うより皿を引け」(猫を追い払うより、皿を片付けろ→子どもを叱らずに、叱らないでいい環境を作りなさい)、「ゆうこときかんが、すること真似する」(言いつけを守らない子どもでも、大人がすることは真似する→子どもは大人の真似をするから、真似されてこまることはするな)ということわざがあります。大人たちは、そんなことわざ通りの雰囲気の中で、ゆったりと子どもたちを育ててくれたように思います。

Q 本との出会いは?

A 当時、一緒に住んでいた叔母が、短大で保育の勉強をしており、二歳の私に、授業で習ったばかりの『こねこのぴっち』と『ちいさいおうち』を買ってきてくれました。これが私のファーストブック。私は『ちいさいおうち』が大好きで、家にいる大人たちをつかまえては読んでもらい、自分でもすっかり暗記して、本を持って音読しているつもりになっていたそうです。自分では覚えていません。

 大学では、児童学を専攻し、(ほん)()(ます)()先生に出会いました。それまで自分なりに読んできた絵本ですが、絵本に秘められたメッセージや意味をどう読み解くか、絵本を通して子どもや人間というものをどう考えるかということを、本田先生から改めて教えていただき、ますます絵本に惹きつけられるようになりました。

Q その後の進路は? 

A 大学卒業後は、出版社に入社し、一般書の編集をしました。その後退職し、結婚しました。

 二人目の子どもの妊娠中に、地元の新聞が「奥様リポーター」というのを募集していました。自分の好きなことを書いて記事にしていいというのです。子どものころから書くことが好きだったので、迷わず応募し、リポーターになってからは、絵本のことや子どものことを、どんどん書いていきました。その後、この記事をまとめたものが、単行本『ごたごた絵本箱』になりました。

Q ご著書『七歳までは夢の中』では、シュタイナー教育についても書いていらっしゃいますね。

A 私が大学生の時、保育士だった母と叔母が、念願の幼稚園を作りました。創設後に、母はシュタイナー教育に出会い、自分の幼稚園でも、その思想やおもちゃや遊びを取り入れていきましたが、まだ若かった私は、関心がありませんでした。ですが、自分が子どもを育てるという時になって、市販のおもちゃやテレビの幼児番組などに違和感を覚え、母の幼稚園にあるようなおもちゃや遊びがいいな、と思ったんです。それからシュタイナーに興味を持ち、自分で勉強するようになりました。

 その後、アメリカで暮らす機会があり、現地にシュタイナー教育の幼稚園と小学校があったので、子どもたちを通わせました。そこで実際にシュタイナー教育の現場を見ることができました。私自身は、受験のための勉強しかしてこなかったのですが、シュタイナー教育では、勉強は「善き人になるために」するんですね。その理念が心に響きました。また、子どもたちの絵や手芸が、それまで見たことのない独特の美しさですばらしかったのです。

 著書では、子育ての中で実感したことをもとに、シュタイナー教育のことも書いています。

Q 翻訳の道へはどのように?

A ある時、ウィリアム・スタイグの絵本『ゆうかんなアイリーン』を読みました。とてもすてきな作品だったので、絵本を出していたセーラー出版に愛読者カードを出したところ、社長の小川悦子(お がわ えつ こ)さんからお返事をいただき、小川さんとの文通が始まりました。そのうち小川さんが「翻訳をしてみませんか」と声をかけてくださって、初めてアニタ・ローベル作の『毛皮ひめ』という作品の翻訳をしました。

 翻訳は、日本語選びだと思うんです。難しい作業ですが、好きな絵本の文章を自分の言葉に置き換えるのは、取り組むたびに楽しいです。

Q 『まどべにならんだ五つのおもちゃ』を訳していただきました。いかがでしたか?

A 徳間書店の本には、エルサ・ベスコフなどの好きな作品がたくさんあるので、翻訳で声をかけていただいたこと自体がうれしかったですし、作者のケビン・ヘンクスの絵本は以前から好きだったので、(おど)り上がるような気分でした。

 絵本の中で、マトリョーシカが出てくる大事な場面があります。ここの訳が一番難しかった。何度もやり直して、やっとぴったりくる言葉が見つかった時のことが、印象に残っています。

 編集部とのやり取りも、面白かったですよ。作品によっては、こちらが最初に訳したものに、それほど直しが入らず、そのまま決まることもあるのですが、今回は、編集部からの意見や質問をたくさんいただきました。ひとりで訳をしていると、孤独で見えなくなることがいろいろあるのですが、編集部から意見をもらうことで、自分の気づかなかったことがわかったり、譲れないところがどこなのかも明確になったりして、より納得のいく作品に近づけたと思います。

Q 今後の目標をお聞かせください。

A 今年で還暦を迎えます。イギリスのL・M・ボストン夫人は六十歳を過ぎてから「グリーン・ノウ物語」を書いたそうですし、(きた)()(かど)()(ろう)も、やはり還暦を過ぎてからトルストイの翻訳を始めたそう。ですから、私も書くことでなにか新しいことが始められたら…と思っています。

 ありがとうございました!

 

松井るり子(まついるりこ) 一九五七年岐阜市生まれ。お茶の水女子大学家政学部児童学科卒業。文筆業。著書に、『ごたごた絵本箱』『七歳までは夢の中』(以上、学陽書房)、『絵本をとおって子どものなかへ』(童話館出版)、翻訳に『うさぎのおうち』『いえでをしたくなったので』『3びきのゆきぐま』『おやすみなさいをするまえに』『みんなであなたをまっていた』『ぼうし』(以上、ほるぷ出版)ほか。